櫨の木を伐採しながら考えたこと
今日はチェンソーで薪作りの作業を進めた。山の中にも少し入り、日陰を作っていて伐採すれば作業スペースが広がりそうな大きめの木を5本伐った。そのうち2本は櫨(ハゼ)の木だった。
櫨の木と懐かしい思い出

子供の頃、櫨に触れて皮膚がかぶれ、小さなブツブツができたことがある。ひどく痒くて掻きむしり、膿んでしまった。そんな時に助けてくれた母の姿が何となく思い出される、懐かしい記憶。
大人になった今、幹や枝に多少触れても皮膚に異常は出ていない。ただ、葉に触れるのは怖くて避けている。
自然を残すか、整えるか
櫨の木があることで子供が山に入って皮膚をかぶれる危険があるなら、伐採してしまうのも一つの選択肢かもしれない。ただ、無菌状態に近づけるような考え方よりも、あるがままの自然を残し、良い思い出にしていく方向もありだと思う。
櫨の実は江戸時代には利用されていたと聞く。試してみたい気持ちもあるが、櫨に弱い自分にとってはハードルが高い。せっかく実をつけているので、ここは父親に相談してみるのが良さそう。
もし実を有効活用できるなら、伐らずに残しておく選択肢も出てくる。
櫨の木を伐って思うこと

櫨の木がこれほど大きくなるのに何年かかったのだろう。伐ったことを少し申し訳なく思う一方で、今後の山を良くするための作業だったと自分に言い聞かせている。感謝の気持ちを持ちながら、無駄にせず使い切ることが自分にできることだと思う。
作業の疲労感
両腕から胸にかけて、内側が特に筋肉痛になっている。この感覚が何となく充実感につながる。